自己責任、自己負担の「セルフメディケーション」時代が来る

2019年8月、「ドラッグストアでも買える花粉症の処方薬を自己負担にする」という提言が健康保険組合連合会から出されました。年間600億円の医療費削減が試算されています。
患者さんが自分の症状から病状を判断し、ドラッグストアで薬を購入して治療する
「セルフメディケーション」WHOの定義によると「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な体の不調は自分で手当てをすること」を今後、国は推進していく方針です。
これによって2100億円の医療費削減効果が試算されています。
2015年に国は「地域医療構想」で団魂の世代が75歳以上となる2025年までに、病院のベッド数を現在よりも16~20万床減らす目標を設定しました。
軽症の方や長期医療が必要な方は病院ではなく、自宅や介護施設で療養していただくという方針です。
日本の医療も、自己責任、自己負担が求められる時代がもうそこまできています。
これまで、体調が悪ければ病院を受診し「先生にお任せします」と診療を受けていた時代から
考えを変えなければ、医療難民になるリスクがあります。
東日本大震災を経験して感じた、西洋医学の限界
厚生労働省簡易生命表によると日本人の平均寿命は1900年の男性42.8歳、女性44.3歳から2000年には
男性77.6歳、女性84.6歳まで延びました。多くの病気の原因がわかり、その治療法が開発されました。いま、私たちが抱える病気、症状の70%は西洋医学で解決できるとされています。
再生医療や、遺伝子治療により、新たに解決できる分野が広がることも期待されます。
一方、未だ西洋医学で解決できない分野もあります。
このような病気には対症治療が行われ、病気の進行を遅らせたり、症状の緩和を図るなどの目的で薬物治療が一生涯続けられます。
死を迎えるまで、たくさんの薬を飲み続けなければいけない人が大勢います。
これが健康な生活といえるのでしょうか?
根本的な病気の治癒を目指す医療でなければ薬漬け医療のそしりを受けるばかりでなく、人々が健康を回復したと感じることはありません。
東日本大震災後、東北では交通網が分断されました。
製薬会社の工場、倉庫が福島、茨城の海岸沿いに集中していた為、医薬品の供給が途絶えました。
日常内服していた薬が飲めなくなり、体調を崩す方が急増しました。
震災後、西洋医学の有用性とともに限界も痛切に感じました。
対症的に薬で維持される健康は非常にもろいものでした。
震災の経験なくしてはここまではっきりと現状の医療を評価することはできなかったかもしれません。
西洋医学の足りない部分
西洋医学の欠点は体を構成するパーツである臓器しか治療の対象にしていない点だと私は思います。
人間ドックを受けたことがある方は報告書を見てください。
胸のレントゲン、心電図、肝臓などの機能を見る血液検査、腹部のエコー検査、胃の内視鏡と臓器のチェックだけですね。異常があればその臓器の治療が開始されます。
異常がなければ正常と診断され、それでも体調が悪いと訴える人は自律神経失調症、更年期障害、
年のせい、うつ病などと言われてしまいます。
多細胞生物として存在するために10億年かけて獲得した機能に、免疫や栄養摂取のほか、細胞同士のコミュニケーションに必要なホルモンや自律神経による情報ネットワークの形成があります。
どんな環境の中でも恒常性を保って生き延びるために必須のシステムです。
ところが西洋医学は免疫、栄養、ホルモンバランス、自律神経の治療が不得手です。
この分野では補完医療のほうがむしろ有効な治療手段と言えます。
西洋医学で根治可能な病気はこれまで通りの医療で問題ありません。
しかし、西洋医学では対症治療しか対応できない病気については根治できる医療に変えていく必要が
あります。
新しい医療のキーワードは「先制医療」と「統合医療」です。
先制医療の幕開け

医学の父・ヒポクラテスは「私たちの内にある自然治癒力こそが真に病を治すものである」
「人間は誰でも体の中に百人の名医をもっている」と述べています。
現存する中国最古の医学書である『黄帝内経』には「上工は未病を治し、既病は治さない」と書かれ、同じ項に書かれた『難経』には「上工は未病を治し、中工は既病を治す」とあります。
医学知識が限られた時代における先達の素晴らしい洞察力には、いつも驚かされます。
「人間には自然治癒力があり、それを最大限に生かすべきである」
「普通の医者は病気を治すが名医はこれから発症することが予想される病気を発症する前に治す」
医学が始まった頃の考えが、まさにこれからの医療のあり方を示しています。
第29回「日本医学会総会2015関西」では、「先制医療」が主要テーマの1つでした。
先制医療は神戸先端医療財団の井村先生が提唱された概念で、病気の原因となる遺伝子や病気の進行を示すマーカーなどの研究成果を生かして、病気を発症前に診断し治療することにより、病気の発症を防ぐ新しい医療のコンセプトです。
先制医療は予防医学とは異なります。予防医学は予防接種をしたり食事指導をするなど、集団に対して一律の治療を行います。私たちは一人ひとりが見た目が異なるように異なる遺伝子を持ち、
生活する環境も異なります。ですから発症しやすい病気の種類もリスクの程度も違います。
先制医療は「人によって治療内容が異なるオーダーメイドの医療」です。
カゼなどの急性症状は現代医学で十分に根治することが可能ですが、高血圧など慢性に経過する病気には、現代医学では対症療法しかありません。先制医療は、これら慢性疾患の発症を防ぐ医療なのです。この先制医療の考えに、補完医療を統合すると、より効果的に健康を維持できると、私は考えます。
ようやく先人達が考えた理想の医療の実現が見えてきました。
鉄壁の自然治癒力と治療を妨げる因子
私たちの周りには細菌、ウィルス、真菌、寄生虫など、健康を脅かすさまざまな病原体がいます。
一方で私たちの腸内には私たちの体を構成する細胞よりも多い1000兆個もの腸内細菌がいます。
鼻や口の粘膜や皮膚表面にも常在菌がいて、私たちが健康を保つために協力しています。
私たちはこれらの細菌と共存しながら、病気の原因となる病原体を免疫の力で着実に排除し体を守っています。
人間の体は約37兆個の細胞でできています。
そのうち約1%が毎日新しい細胞に生まれ変わっています。
このとき一定の確率で細胞分裂が正常に起こらず、がんの芽ができてしまいます。
なんと毎日2000~3000個のがん細胞ができているといわれています。
がん細胞で体が置き換わってしまいそうですが、リンパ球や葉酸をはじめとするビタミンが
がん細胞を毎日退治して私たちの体に癌ができるのを防いでいます。
このように私たちには体の内外から健康を脅かすものを監視し、脅威から体を守る自然治癒力があります。この鉄壁とも言えるシステムがうまく機能すれば、病気になることはなさそうです。
西洋医学は病気の原因を探しますが私はむしろこの自然治癒力を妨げる因子が、慢性の病気を引き起こす原因だと考えています。
私たちが毎日生活する環境、食事、睡眠、生活習慣などが、治療を妨げる因子に大きく関わっています。医学の父・ヒポクラテスは紀元前の人ですが、毎日の生活に気をつけ、薬草のみで120歳まで元気に生きたとされます。自然治癒力を有効に発揮し、治療を妨げる因子を除くことが、いかに健康に寄与するか、身をもって示されています。
西洋の心身二元論と東洋の心身一如、そして統合医療
これまでの医療を牽引した西洋医学は、欧米で発達した学問であるため、17世紀のフランスの哲学者デカルトの『心身二元論』の影響を強く受けています。物理的実態としての肉体と魂、精神、意識などの機能を持つ心は、独立して存在するという考え方です。この影響で、西洋医学は物質である臓器の治療に先鋭化していきます。これまではうまくいきましたが、近年はその弊害が目立っています。
西洋の考えと相対して、東洋では、心と体は密接なつながりがあり、分離して考えてはいけないと言う「心身一如」が基本の考えです。この考え方が現代社会では妥当で、自然です。以前は東洋が西洋に抱いた憧れは、いま西洋から東洋に対する憧れに変わっています。2016年にバルセロナで開催された第2回世界自然療法学会に参加しましたが、ドイツの療法家が、日本語のスライドを提示して、東洋の考えを取り入れた医療の必要性を訴えていました。
これまで、西洋医学と東洋医学などの補完医療は全く交わることがなく、むしろお互いに批判的に行われてきました。東洋医学をはじめ、インドの伝統医学であるアーユルヴェーダ、チベット医学、イスラムの伝統医学であるユナニなどの補完医療は、西洋医学とは病気の考え方、診察の仕方、治療法が異なります。2000年以上の歴史は、それぞれの治療に効果があることを示しています。いたずらに批判、否定するのではなく、それぞれの治療のよい点を生かして、西洋医学では解決できない問題を治療することができれば、患者さんにとって有益な治療になります。これが統合医療です。
アメリカ合衆国政府は補完医療を専門に研究する部門を設立し、がん研究を超える予算を充てています。イギリス王室のチャールズ皇太子は、補完医療の旗振り役を務めていて、「統合医療のための王立ロンドン病院」が開設されました。インドではモディ首相自ら率先して、アーユルヴェーダ、ヨーガ、ユナニ、シッダ(南インドの伝統医学)、ホメオパシーの頭文字を取った「AYUSH省」を国の機関として立ち上げ、西洋医学を担当する保健省と両輪で、国をあげて統合医療を推進しています。
令和時代の医療のあるべき姿

日本は「西洋医学第一主義」で、統合医療に関して、あまりに遅れています。日本で統合医療を始めようと、海外の医療施設を見学に行った医療関係者が、見学先の医師から「私たちがしているのは日本の医療なのに、なぜ日本からわざわざ見学に来たのか?」と驚かれたそうです。
日本食はマクロビアテクスに、直傅靈氣はレイキに、瞑想はマインドフルネスに、鍼灸もアクプンクチャーと名を変えて、欧米では保険診療にも取り入れられています。世界最高レベルの西洋医学の実力があり、日本古来の伝統医学も存在する日本は、新しい医療の最先端を走る潜在能力を秘めているといえます。 東洋医学的に、健康とはいえないが、まだ病気とも言えない状態を「未病」といいます。令和時代の医療は、病気になってから治療をするのではなく、未病の段階で病気の芽を摘む先制医療に転換していくことでしょう。そのほうが患者さんの苦しみも少なく、医療従事者の負担も軽く、医療経済的にも有益です。自然治癒力を生かす健康なライフ・スタイルを考え、統合医療の可能性を最大限に引き出すことができたとき、令和時代の新しい医療の形が見えてくるでしょう。